​閲江楼

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観光スポット紹介

   閲江楼は肇慶市端州区正東路側の石頭崗にあります。明代の宣徳年間初めて建てられました。歴代修繕があり、名前もしばしば変わりました。最初は“崧台書院”で、引き続きは“東隅社学”と言われました。明代の崇禎十四年(1641)に“閲江楼”と名付けられました。総面積はおよそ2000平方メートルです。

   東、西、南、北楼の四つの建物がありますが、戦争時代は西と北楼が損壊され、1959に再建されました。今園内にて築山、魚池、花木、芳草があります。ビルの周りは広々としたプラットフォームであり、南棟の前は石段になり、階段を拾って広場に降ります。北棟の下層に昔は康熙御書碑6つがありましたが、今は五つが保存されます。各碑銘の高さは2.20メートルで、幅はおよそ1.1メートルです。清の康煕45年(1706年)に両広総督郭世隆は江楼側崧台駅に御書碑廊を建設しました。康熙父子に授けた手跡を石に写し取り、碑字には楷書と行書があります。

   閲江楼は肇慶八景の一つであり、“江楼晩眺”と呼ばれています。1925年11月21日に“葉挺独立団”はこちらにて成立しました。1959年に「葉挺独立団部記念館」はこちらに設置しました。朱徳は記念館の名前に横額を書きました。館内には葉挺の独立した歴史のほかに陳列があり、毎年は各種類の展覧を行います。1962年に広東省重点文物保護単位となり、観光客が訪れるにはいいところです。